なんか事務的な話の記事ばかり続いていた気がするのでハードルを下げるべく適当な内容を書きたい、のでそのようにする。テキトーな話をするっつってもそれはそれでハードル高いんだけどな。まあいいや。
「随想」カテゴリでは何か一つトピックを挙げて、それについて私の独断と偏見でなんか書いていく予定です。今日のテーマは『自己顕示欲』。
自己顕示欲とは
自己顕示欲とは…なんて説明から入るわけないだろ。ウチはいかがでしたかブログじゃねえんだ。ネットリテラシーのないやつは帰(けぇ)んな。ウソウソ誰でもウェルカムですよ。まあ説明はしないんですけど。
自己顕示欲ってのはインターネット活動者にありがちな悪しき心として語られたのも今や昔って感じで、今はわりと「良くも悪くも」ぐらいな評価に落ち着いている気がしますね。
昔は実質的にインターネットの世界≒匿名掲示板の世界でしたからねー。みんな匿名でリアルとは違う感じでワイワイやろうねって集まりの中に、コテハンの自己主張強めのやつがきたらそりゃアイタタタってなるのも無理はなく。
逆に名前出して活動してる人に対して匿名の人が安全圏から攻撃するのにも便利な言葉ではあったんだけどね~…。そんなこんなでニコ動が流行りだす前ぐらいまでのインターネットでは自己顕示欲ってのはdisワードの枕詞でした。
少年の見たインターネット
私は結構キッズの頃から匿名掲示板なども見ていたので(ROM専寄りだったけどー)、ほら。多感な時期にインターネットに触れるとね。影響受けるじゃないですか。ま、麻疹やおたふく風邪みたいなもんなんで歳食ってから影響されるよりはマシですけども。
でー、結構匿名のノリが好きなクチですよねー。私は。別に楽しいことやるのに名前なんて必要ないし、勢いだけで盛り上がるその場限りの付き合いでいいじゃん別にって思う派なんすよね。同世代でもネトゲでクラン組んでたりしてた人は多分自分とは別傾向のインターネット老人になると思うんですけど。
だからまあ…昔の自分が今の自分を見たら、すっっっっっっげえバカにすると思う。これだけは自信があるね。マジでバカクソにこき下ろすと思う。アバター動かしてゲーム実況ですかwいい歳こいてwwうるせー幽霊は歳を取らねえんだ
実際問題ね、ゲームなんて人様が作ったものですからね。それをワーだのキャーだの声入れて動画編集なり配信なりして自分のコンテンツであるかのように扱うってナメてんじゃねえよと思う人がいてもおかしくないですよ、なんなら昔の自分はそう思ってたしね。今もちょっと思うよ正直。
隙があったので自分について語るパート
まあ元々そんなんだったのになんで今ゲーム実況とかやってるんですかって話にもなってくるんですけど。長くなりそうだから一言でいうと、「(バカにしつつも、)自分も本当はそういうのやってみたかったのかもしれない」ってトコかな。"かもしれない"だけど。なんで確信が持てないのかは今から書く。
いやね~。自分で自分のことが好きじゃないんすよ。嫌いまではいかないけど。「自分ってなんでこんなんなんだろ」とか常に思うし。まあそれもある意味で我が身可愛さの裏返しなのかもしれないけど。
超キッズの頃の俺は、完璧に社会に適合して大人の言う『普通の人』になることに憧れていて。で、色々あってそれが無理だと悟ったキッズの頃の俺は、逆に「尖りまくって突き抜けないとダメだ」と足掻いてみたんですよ。結局のところなんともなんなくてこのザマですけど。
あ、これオタクくんが皆知ってるやつですね!?
己は詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。かといつて、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。
己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。
もちろんそう!ご存じ臆病な自尊心と尊大な羞恥心ってヤツですね。は??漏れはオタクじゃないんだが?(キモオタボイス)
さも一般教養のように山月記の話をスッと出してくるのキモいですね。でもこれで伝わって納得できちゃうならあなたもまあまあきもいよ。
いやね!一応自己弁護しておくけど。俺はまず最初に俗物サイドに伍そうとしたんだよ!最大限努力した!でもダメだったんだよ。俺には金だ女だ権力だというような俗欲が足りなかったから他人と話が合わなかったんだ。でも自分の力一つで社会から突き抜けるには才知が及ばなかったな。
どっちにせよ能力不足だね。まあそんなこんなで虎じゃなくて幽霊やってるわけだけど。話戻すわ。自己顕示欲の話だったからね。
自己顕示欲に対する私見
ちょっと文量長くなってきちゃったからもうさっさと結論書きます。自己顕示欲は、あった方がいいです。より正確に言い表すなら、「現代社会においては」「ほどほどに」自己顕示欲はあった方がいいです。
自己顕示欲が暴走して身を滅ぼす例も枚挙に暇がないのでデカすぎると問題ですが、なさすぎも問題があるということです。
これは極端な仮定なんですけど、自己顕示欲っていうのが悪だと思い込んでる人がいるとするじゃないですか。まあ昔の俺なんですけど。その価値観が深化していくとどうなっていくかっていうと、もはや自分が自分である必要がないって結論に至るんですよね。「自分」っていう自我が必要ない。
自分じゃなくていいんですよ。社会的な使命を果たし続けるだけの機械でいいんです。自我は必要ないんです。私たちは自らの個性や感情を捨て、人類という種を存続させるためだけの生命体になればいいのです。それこそが真に持続可能な社会を実現する唯一の方法だと思いませんか?(ぐるぐる目)
ま、残念ながら私は失敗作だったのでそういう風にはなれなかったんですけど。私の次に生まれてくる被検体は私より上手くやってくれるでしょう。
私は自分を貫けなかった失敗作なので、自分で自分のことを口にするたびに、文字に書くたびに心に棘が突き刺さります。敗者は敗者らしくどこからも居なくなるべきで、本来はこうして世界に対して他者に対して自分を表現するのも嫌で仕方ないです。
…って、卑屈すぎじゃん!?
要するに、こうはならない程度には自己顕示欲はあった方がいいよと思うよって話。ピーキーな例だから普通の人には参考にはならないと思うけどね。
私の話はさておいて。現代インターネットにおいては他の人もヒマじゃねーから、自分で自分のことをベラベラ喋っていくぐらいじゃないと目にかけてもらえませんな~って思います。自己顕示欲はあっても問題ないので、それを上手く活用してサバイブしていきましょう。

